No.0142

不動産取引における「ハザードマップ説明義務化」の巨大インパクト

 私は「宅地建物取引士」の資格を有しているが、それは不動産好きの性格に由来しており、昔から不動産の新聞折り込みチラシを見ることが大好きである。物件と価格の観点で魅力的と思えるものを目にすると、独自に調査をして、買うことまで検討していた時期もあり、それを契機に実際に買ったこともある。今は、購入する意思はないので、そこまでのめりこむことはないが、目を引く物件をやや子細に見ることは続けている。
 その中で、昨年後半くらいから、2つの点が目立つようになったと考えている。第一に、都心のマンション価格が、新型コロナウイルス問題前を大きく上回る水準に値上がりしていることだ。これについては以前から様々な局面で言及しているので、ここでは深く立ち入らない。第二は、一見すると魅力的だと思える物件が、不動産価格上昇の流れの中で、想定より割安と思える価格で販売されていることだ。そのような物件が、田園調布や二子玉川といった一般的に人気が高い地域で散見されることも少なくない。
 ところで、昨年7月17日に、国土交通省から、「不動産取引時に水害ハザードマップにおける対象物件の所在地を事前に説明することを義務づける」という発表があった(施行は昨年8月28日)。つまり、これから不動産を売却する場合には、買い手にハザードマップ上で、対象物件が水害ハザードマップの浸水リスクのある場所にあるか、あるとしたら何mくらい浸水する可能性があるかを明示する必要があるということだ。
 この新たな規制を踏まえて、先ほどの新聞チラシの話題に戻ろう。上記の、割安に映った物件をハザードマップで調べてみると、かなりの確率で浸水リスクのある場所に所在することが確認できた。
 二子玉川を例にとると、緑が多い、眺望が良い、町の雰囲気が良いというような魅力に溢れたマンションは少なくない。しかし、それがハザードマップ上の浸水リスクのある場所に建っているとすれば、話は180度変わってくる。不動産が唯一の高額資産である家庭も少なくはないことから、ハザードマップ上の物件を保有する世帯が、今のうちに売ってしまおうと考える例が多く現れても何ら不思議はない。このように、上記の国土交通省の衝撃的な発表を通じて、不動産市場ではこれまでになかった、ゆっくりとした、しかし、衝撃的な変化の胎動が見られ始めている。
 その視点で、六本木、表参道、白金台、代官山といった地域の、目の玉が飛び出るほどに価格が高くなったマンションのチラシを見てみよう。これらのマンションには、「浸水リスク」とは全く無縁の、高台の高級住宅地にあるという共通項がある。穿った見方をすれば、元々の人気の場所に所在したこれら高級マンションは、他の地域でハザードマップに引っかかる不動産が多く存在することの反射効果として、需要が増大する形で希少価値が更に上がり価格も上昇していると言えないだろうか?こう考えると、都心の不動産と一部の郊外の不動産について、価格が同時に上昇している理由に関する仮説が浮かび上がる。人々の目は、浸水リスクのない東京の不動産に目が向かい、それら不動産価格は希少性アップで上昇する。これを買えない人たちが、浸水リスクのある不動産をスルーし、中途半端に都心に近い東京も避けて、視点をハザードマップ的に安全な場所にある地方に向けている。いずれにしろ、東京の不動産について、ハザードマップを使ってリスクの高い場所にある物件を除外すると、供給に対し大幅な需要超過になっているのではないか。それが、東京の不動産価格上昇の有力な理由ではなかろうか。あくまで仮説だが。

大木 將充