No.0007

日本の航空会社へのエール

海外に行くと感じる日本の航空会社のバリュー

筆者は、外資系企業での10年以上の職務経験を有し、かつ、フランス人、インド人、香港人、アメリカ人、オーストラリア人という多様な外国人が上司になった経験もある。これは確かだ。しかし、インターナショナルな生活とは程遠く、英語も不完全で、気質もコテコテの日本人である。
したがって、外資系金融機関でアナリストをやっている時、何が嫌かというと、外国人投資家を1~2週間かけて回るマーケティング・トリップほど嫌なものはなかった。1日に朝7時半頃からディナーまで最大で7~8社の外国人投資家と面談する。投資家との意見交換自体は大変有益だが、コミュニケーションが英語となるだけで、日本語でのやり取りの2倍は疲れる。それが終わったかと思うと、その日のうちに次の目的地に飛行機で飛ぶ。フライトが遅れたりすると、ホテルに着くのは午前2時というようなこともあるが、その5~6時間後には新たなミーティングが控えている。そのように滞在時間が短い時に限って、ホテルがパークハイアットとかマンダリンなど滅多に泊まれない高級ホテルだったりして、そのような本来は贅沢に使える時間を、風呂に入って、寝て、起きて、身支度するだけに費やしたりすると、悲しさと疲れが余計に増したものである。
そのような過酷な日程の中で、最大の癒しは、一連のトリップが終了した後の帰国便であった。
ロンドンにいても、ニューヨークにいても、日本航空や全日空のチケットカウンターに着けば、そこから先は自分の知覚上は既に日本であり、家に着いてはいないが、99.9%仕事が終わったような安堵感を覚えたものだ。私は、これからも色々なレポートで、人間にとって最も大切なリソースは「時間」だということを主張していきたいが、日本人の私にとって、日本の航空会社が、帰国便に乗る前から、既に日本に着いたかのようなリラックスした時間を提供してくれるという側面は、無視しえない無形のサービスだと思っている。少なくとも、「スマイル、0円」とかいうどこかのキャッチフレーズよりも格段に有用に思える。

コスト効率も重要だが、持ち味であるサービスの質の極大化はもっと必要

上記以外でも、日本の航空会社を使って良かったと思ったことは多々ある。例えば、95年に初めて仕事で海外(ロンドン)に行った時。この時は海外ビジネス旅行の勝手が全くわからず、ただでさえ無駄な心労を費やしていたのだが、その帰り道、ヒースロー空港で搭乗券を紛失したと思い、大声で「ない!」という声を発して、もと来た道を探しに戻るべく踵を返そうとした。そうしたら、日本航空のカウンターの女性社員が飛んできて「お客様、どうされました?」と声をかけてくれた。そこで事情を説明したところ「大丈夫ですよ」と優しく対応してくれた。結局、その時はチケットが見つかったのであるが、あの時の日本航空の女性は、誇張でなく女神に見えた。
今年も、シンガポールに立つ際に、日本航空を使った。その際は、任務の重さで気持ちが最初からかなり憂鬱だった。そんな中、発券カウンターに行ったら、担当の女性が「同じ名字ですね」と話しかけてきた。私は全然余裕がなかったので、担当者が誰かなど全く認識していなかったのであるが、その一言をきっかけに任務の重さをしばし忘れることができた。そして、自分の希望の座席を伝えたところ、満席に近い状態でその希望は叶わなかったのであるが、一生懸命空きの席を調べて、希望に近い席を見つけてくれた。人間の感情なんて、ちょっとしたことで変わるもので、その日は何となく仕事がうまくいきそうな気持を持つことができた。
そんなことを思い出すたびに考えることは、航空会社の任務の中には、担当者が顧客一人一人の立場に立ったオーダーメード的サービスを行うこと(これは、コンサルティングにおいて、「全ての企業の悩みはユニークなものであり、どれ一つとして同じものはない」という考え方に似ている)、顧客から「時間」を預かっているという認識の下で顧客にとっての「時間」の有効活用を手助けすること、等が含まれるのではないかということだ。コスト効率に代表される効率性の向上は、企業である以上必要ではあり、効率を究極に追求した形としてのLCCというニーズも根強いことは言うまでもない。しかし、外国人が日本や日本人に好感を持ってくれているという最近の風潮からしたら、わざわざグローバルな料金競争で身を削るよりも、日本人の良いところを極めたサービスの提供に徹するという形で差別化を追求するような側面もあって良いように思う。そのことは、日本の航空会社にとって、日本人のファンのみならず、外国人のファンも増やすことになろう。その意味で、東京五輪や日本への観光客増加傾向は、日本の航空会社がより広範な世界のお客をファンにできるという意味で、絶好の機会に感じられる。
なお、私は海外の航空会社でも快適な思いをさせてもらうことももちろん多い。しかし、稀な例として、ビジネスで使ったある海外の航空会社の便では、少し気流が悪い中でトイレに行こうとしたら、べちゃくちゃ乗務員同士で話をしていたスチュワーデスに呼び止められて、問答無用で席に戻れと言われた。
こうした航空会社については、仮に業績が絶好調だとしても、私はこういう会社の株は絶対に買わない。それは、サービス業が人の集団であることの帰結から、将来の何かを暗示していると考えるからである。投資先企業の工場見学や会社見学が、時には有用な情報を提供してくれることと似ている。その裏返しとして、日本航空や全日空は、今後もおもてなしの心を忘れず、サービスの進化と深化に努力を続けていく限り、貴重な投資対象になりうる。たとえ、円安・原料高で苦しい時期があったとしても。

大木昌光