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年始の円安為替予測が外れた理由

為替は予想可能なのか?

筆者は、外資系金融機関で金融セクター担当のアナリスト職に従事していた。と聞くと、為替予測の世界にも知見や関心が高いのでは、と思われるかもしれない。しかし、実際はその逆で、私は基本的に為替予測は不可能だと考えている。したがって、もし金融アナリストの職を解かれ、他のセクターを担当するよう上司に命じられていたとしても、絶対にやりたくないと考えていたのが、為替アナリストの仕事であった。
ところで、今年の年始に、様々な証券会社の年頭予想を聞く機会があったが、私の記憶する限りでは、為替について概ねどの担当者も円安を予想していた。しかし、現実には昨年末よりも円高の状態が続いている。
上記の円安予想の背景は、日米金利差と筆者は認識している。確かに、10年国債の金利を見ると、日本は0.6%前後、米国は2.5%前後ということで、「高金利通貨国(この場合は米国)の為替が高い金利を求める運用資金を引き寄せる」というロジックの下では正しい結論である。
しかし、このロジックは、よくよく考えるとかなりおかしいように思える。なぜなら、この考えの下では、仮に今後、日米金利差が数年間続くとしたら、ドルが120円→130円…と延々と高くなり続ける結論になるからだ。しかし、現実にはそうはなるまい。なぜなら、度を過ぎた円安になると、日本企業の輸出競争力が上がり、それら企業のドル建て売上げの増加分がドルの円転も増やすという形で、実需では円高ドル安要因になるからである。
あるいは、為替予約の原理では、高金利通貨の将来価値は低下するという点も考慮する必要がある。仮に現在、1ドル100円(かつ同種同量のハンバーガーが米国で1ドル、日本で100円とする)、日本の金利ゼロ、米国の金利5%、金利=インフレ率と仮定しよう。この前提で、円とドルの双方で1年の定期預金を組むと、1年後には円預金は100円、ドル預金は1.05ドルになる。このとき、ハンバーガー価格は、1年前に1ドルだった米国ではインフレ率5%により1.05ドルになっているのに対し、日本では100円のままなので、購買力平価の下では、1.05ドル=100円になる。つまり、1ドル=95.24円である。つまり、高金利通貨のドルの価値は下がることになる。

ロジックにより大きく異なる理論的為替水準

現実の為替市場が購買力平価を無視した形で動いていることは、筆者も百も承知である。しかし、卑近な例で言えば、例えば、欧州圏において10ユーロ以下でランチを食べるのは極めて困難であるが、日本では消費税引き上げ後でも1000円あればランチの料金としては十分に足りる。この観点からは、保守的に10ユーロ=1000円としても、ユーロの価値は高くても100円程度ということになり、今の140円前後のユーロ水準は過大評価という結論になる。
結局、為替水準を正当化するロジックはいくつもあるが、どれを採用するかで適正為替水準は大きく異なる。このこと自体が、為替水準の予測が不可能なことを示しているのではないか、とも考えられる。
ところで、その文脈で、日本の個人投資家によるFX取引量の多さをどう考えるべきなのか?私には、為替取引というものが、日々のニュースでも頻繁に出てきて何となく親しみやすいという単純な理由を背景に、個人を引き付けているとしか考えられない。しかし、あくまで私の個人的見解であるが、先ほど申し上げた通り、為替予測は金融予測の領域ではかなり難しい範疇に入るのである…。
一部の投機筋などがFX取引にいそしんでいる姿は、まるで、脱サラして喫茶店を開こうとしていた一昔前の中高年のようだ。飲食店を継続的に経営していくことを気軽に考えることは、危険を通り越して、飲食業をまじめにコツコツと展開されている方への冒涜にさえ感じられる。

大木昌光