No.0040

岐路に差し掛かるGAFA

Facebookの情報漏えい問題や、EUによるGAFAへの売上連動課税などに見られる通り、直近までわが世の春を謳歌してきたGAFAへの風向きが変わってきた。この背景については、色々な考え方ができよう。
私としては、これら企業が、「国家」という存在との比較で、その脅威になるほど規模が大きくなりすぎたからであると理解している。アップルの時価総額が今年8月に1兆ドルを超えたが、地球上の国家でGDPが1兆ドルを超えている国は16か国しかない。GAFA各社の時価総額規模は、世界第一位の米国の19兆ドル、二位中国の12兆ドル、三位日本の5兆ドルとの比較でさえ、相応の水準に達している。歴史的に見ても、80年代の日米貿易摩擦の時代には日本の自動車メーカーや産業電機の会社がターゲットになり、90年代に入ると存在が大きくなりすぎた日本の銀行が自己資本規制という形で世界的に見て重要な規制対象になって凋落した。ちなみに、スポーツの世界でも、1950年代に日本人が平泳ぎで金メダルを取ったら潜水泳法が禁止され、98年の長野五輪でスキージャンプ日本チームが感動的な金メダルを取った後に、スキーの長さが身長対比で規制されるという摩訶不思議な制度が導入されたりしている。これらは、実質的には日本人をターゲットにしたと私は理解しているが、それは日本人が強くなりすぎたことが背景にある。特定の層が苛立つほどの強さを身に着けると、バッシング対象になるリスクが高まるように思われる。そう考えると、GAFAも、これからどんなに自己努力でのガバナンスなどの改革や改善を世にアピールしても、その規模の大きさが続く限り、叩かれ続けることが予想される。それは、最悪のシナリオで言えば、会社分割や事業衰退などで、存在感が優位に小さくなるまで続くであろう。
これは、今後の投資に向けても重要なインプリケーションになりうる。日本で言えば、日本電産やソフトバンクのような、世界に誇れて日本を代表する会社が、かつての銀行や電機会社のように、特段の悪いことを行わなくても、その強さ故に、誰かによって叩かれる対象にならないことを、日本人として心から祈っている。

大木 将充